第143回自然環境論セミナー 

発達期の脳に及ぼすダイオキシンの影響について
―アリルハイドロカーボン受容体が制御する遺伝子発現―

菅野 美津子 氏
(株式会社東芝 研究開発センター 環境技術ラボラトリー)

日時:2006年1月13日(金)13時20分−14時50分
場所:発達科学部 B208  (B棟2階)

近年、環境中の化学物質、殊に内分泌撹乱物質と呼ばれるダイオキシン類やPCB類の脳に 対する影響が問題になっている。これらの物質は、強い発生毒性・生殖毒性を示すと同時に、 胎児期における曝露により神経毒性を示す。例えば、胎児期・周産期にTCDD(2,3,7,8-tetra chloro dibezo-p-dioxin)に曝露されたマウスの子世代は、空間認知や学習記憶の低下、 多動的な行動といった神経科学的な障害が観察されている。このようなことから、発達期の脳 における化学物質の影響を定量化し、作用機序に基づく対策が急務である。
そこで我々は、発達期におけるダイオキシン曝露のin vitro細胞モデルを構築し、未分化な 細胞におけるダイオキシンの作用メカニズムの解析をすすめている。
我々は、まず、マウス神経芽細胞腫Neuro2aにAhRを過剰発現させた細胞株N2a-Rを作製し、 同細胞を発達期の神経細胞に対するダイオキシン類の曝露モデルとして、AhRを起点とし た遺伝子発現からダイオキシンの影響を解析した。
AhR(Aryl hidrocarbonreceptor)は、ダイオキシン類と強い結合性を示す核内受容体 であり、基質との結合に依存して転写活性を示す、すなわち、XRE(xenobiotic responsive element)に結合し遺伝子発現を制御する転写因子である。XREを転写制御領域に持つ遺伝子は、 P450-Cytochrome系など薬物代謝関連遺伝子をはじめ多岐に渡っており、未分化神経細胞に 発現し神経分化を調節するHes-1もその1つである。これまで、AhRの脳における機能は分かっ ておらず、ダイオキシン類の神経毒性の発現における関与の有無についても確証は得られていない。 しかし我々は、免疫組織化学的解析により、脳におけるAhRの局在を同定しAhRの脳機能への 関与を示した。また、N2a-R細胞は、AhRの活性化により、カテコールアミン作動性分化が誘導 されている特徴を示した。このことから、我々は、ダイオキシン類の神経科学的障害は、神経 細胞の細胞死による脱落に基づく機能低下ではなく、非制御的な神経細胞の過剰な分化に基づく 可能性があると考えている。

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□ 世話人:田中成典
        e-mail: tanaka2@kobe-u.ac.jp