第111回自然環境論セミナー

光合成色素タンパク質複合体の構造と光化学初期過程の関係

熊崎茂一 助教授
(京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 光物理化学)

日時:2004年10月13日(水) 15時20分から16時50分
場所:発達科学部 G302 (G棟3階)

概要

光合成反応中心色素タンパク複合体の立体構造は、1980年代には紅色 光合成細菌について解明され、そしてようやく21世紀になって植物型 (酸素発生型)光合成反応中心についても原子レベルの分解能で明らかに なろうとしている。それに先行または平行して時間分解レーザー分光法に より電子伝達分子の間で起こる電子移動や競合する電子励起エネルギー移動 の素過程が次々に明らかになってきた。
本講演では、まず、既に立体構造が明らかな種類の光合成反応中心について 構造と電子移動の間の関係がどのように理解されているかを解説する。 次に立体構造と反応素過程の解明が遅れている種類の光合成反応中心に ついて研究成果と今後の問題点を解説する。

(1)反応中心や光エネルギー捕集系の構造について
現時点で、電子伝達分子の配置が議論できる程度によくわかっている光合成 反応中心は紅色光合成細菌(PB-RC)、光化学系I (PSI-RC)、光化学系II (PSII-RC)の3種である。このうち、PBRCとPSII-RCはキノンを最終電子 アクセプターに持つ型(II型)に分類され、タンパク質のアミノ酸配列、 および電子キャリアー分子の配列など相同性が高い。しかし、性質は非常に 異なり、またPSII-RCのみが酸素発生能を有する。PSI-RCは鉄硫黄クラスターを 最終電子アクセプターに持つ型(I型)で、II型とは進化の早い段階で分化 している。電子伝達分子の配列もII型のものとは定性的な違いが認められる。 エネルギー伝達系(光エネルギー捕集系)の多様な構造についても反応中心 との関連に注意しながら解説を加える。

(2)電子移動の速度定数
PB-RCでは分光学的測定が比較的容易で、電子移動速度定数が明確に求められ ている。概して、分子端間距離で(核因子が最適化された時の)最高速度が 決まっているという経験則が得られている。一方、PSI-RCとPSII-RCでは電子 伝達分子の吸収スペクトルが狭いエネルギー領域に密集している。その結果、 常温においては見かけの電子移動速度は常に電子励起エネルギーの寄与を含 んだ形で現れるので、電子移動速度定数を議論するのは必ずしも容易ではない。 しかし、そのような複雑なシステムも様々な分光測定や計算機シミュレーショ ンにより多くの知見が蓄積しつつある。

(3)構造が未知の光合成反応中心に分光学がもたらせる新知識
植物型光合成反応中心には必ずクロロフィルaが使われているというのが従来の 定説であったが、近年になり、クロロフィルdを用いて同等の光合成を行う生物 が見つかり始めた。この構造が未知で新規な光合成電子伝達系を超高速分光に より調べると、電子伝達系の分子配列およびダイナミクスにおいて他の光合成 電子伝達系と著しい違いを見出すことができた。

上記の3点を中心に講演を行う。超高速時間分解分光法のデータとそこから 導かれる素過程の描像との間の関係をわかり易く解説することを心がける 予定である。

参考:http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/hikari/kumazaki/index.htm

世話人:田中成典 (tanaka2@kobe-u.ac.jp)

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