朝日新聞2002213日号(夕刊)


生命やっぱり宇宙起源?
光がつくったアミノ酸の偏り

 自然界のアミノ酸には右手と左手のように、形がそっくりでも重ならない二つの型(L体とD体)があるが、生物にはL体しかない。
これはなぜか。生物のアミノ酸は、宇宙で中性子星の出す円偏光という特殊な光が当たってL体ばかりになった、というのが「ボナーの仮説」。
これを補強する実験結果が、日本で積み重ねられている。(米山正寛)

 
 円偏光は、ある方向へは右巻き、ある方向へは左巻きに、らせんを描いて進む光だ。超新星爆発の後に残る中性子星は、出る方向によって
らせんの巻き方が違う円偏光を出している。これまでは条件に合う円偏光をつくるのが難しく、実験はできなかった。

 大阪大学の井上佳久教授(光化学)たちは、産業技術総合研究所の小貫英雄・国際システム主幹(加速器科学)たちと協力、
同研究所のシンクロトロンでできる円偏光を利用して、中性子星からの円偏光の関与を初めて実験的に示した。

 昨年まで続いた科学技術振興事業団の「井上光不斉反応プロジェクト」の一環で、結果を米化学誌に報告した。

 井上さんたちは、この円偏光を、L体とD体を等量含むアミノ酸(ロイシンやアラニン)の水溶液に当てた。右円偏光の時にD体が分解され、
L体の比率が増えた。

 「地球へ向かう隕石(いんせき)などが、中性子星の右円偏光の出る方向を通り、その上のアミノ酸がL体に偏ったのではないか」と井上さんは推測する。

 
円偏光で増加
 一方、中川和道・神戸大学教授(放射光物性学)たちは、宇宙の状態に近い固体状のアミノ酸で実験、やはり右円偏光でL体が増えることを確認したと、
1月の日本放射光学会で発表した。

 小林憲正・横浜国立大学助教授(生物惑星化学)も、米アリゾナ州立大学のジョン・クローニン名誉教授たちと実験。
NTT通信エネルギー研究所のシンクロトロンでイソバリン(アミノ酸の1種)水溶液に右円偏光を当て、L体が増えるのを観察した。

 イソバリンは地球にほとんどない。小林さんは「実験中にL体が交ざったのではないかと問われても、十分に反論できる結果だ」と話す。

 生物のアミノ酸が宇宙起源との考えは、69年にオーストラリアへ落ちたマーチソン隕石の研究で強まった。約46億年前の太陽系誕生のころできた隕石で、
アミノ酸の分析ではL体が数%から18%多いと報告された。何らかの原因でL体が増えた後、地球まで運ばれてきた可能性を示す。

 それを説明しようとしたのが、米スタンフォード大学のウィリアム・ボナー名誉教授が80年代から唱えているボナーの仮説だ。

D体世界も?
 98年には宇宙の星生成領域から円偏光が報告された。中川さんは「太陽系ができたような場所で、ちりによる散乱が円偏光をつくったのかもしれない」
と、中性子星以外の原因も指摘する。

 それにしても、なぜD体ではなくL体なのか。偶然なのか。宇宙のどこかにはD体の世界があるのか。大きななぞだ。

 他方、隕石などの分析や実験で得られたL体の過剰は、ほとんどが数%のレベル。生物のアミノ酸はL体だけという事実と開きがある。

 東京理科大学のそ合^(そあい)憲三教授(応用化学)たちは、ある種の有機化合物にL体かD体のわずかな過剰があれば、
多い方が100%近くまで増える反応を確かめた。アミノ酸でも同じかどうかはまだわからない。

 各研究チームは、実験条件などを工夫して、今後もより正確な検証を進めていく計画だ。



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