科学新聞2005年5月20日号
放射光で光学異性体識別
神戸大、原研の研究グループ成功
製薬など合成応用期待
神戸大学発達科学部の中川和道教授、日本原子力研究所の安居院あかね研究員、横谷明徳主任研究員らのグループは、
大型放射光施設SPring−8の円偏光放射光を用いて、D−アミノ酸、L−アミノ酸を軟X線分光で識別することに成功した。
今回の成果は、円二色性の測定手法が増えただけでなく、軟X線にはアミノ酸を優先的に不斉分解できる可能性があることから、
創薬プロセスなどの化学合成制御への応用が期待される。同成果は、Physica Scriptaの5月号に掲載された。
軟X線は物質との相互作用が強く、D−アミノ酸とL−アミノ酸の識別や、不要なD−アミノ酸を識別し、優先的に分解する
という創薬制御機能が期待されていた。しかしこれまでは測定が困難であったことから、生体分子の円二色性が軟X線領域で観測された
事例はなかった。
今回の中川教授らは、可変偏光アンジュレーターという特殊な装置を用い、右円偏光・左円偏光をもつ軟X線を交互に発生させて
アミノ酸に入射し(実験の概念図を参照)、どのエネルギーでどちら向きの円偏光がどちらのアミノ酸によく吸収されるかを調べた。
その結果、L−アミノ酸が左円偏光をよく吸収するエネルギーではD−アミノ酸は右円偏光をよく吸収することがわかった。
また、D−アミノ酸が左円偏光をよく吸収するエネルギーではL−アミノ酸は右円偏光をよく吸収した。
すなわち、L−アミノ酸とD−アミノ酸の吸収は、互いにその大きさが等しく、符号が反対であることが明らかとなった。
今回の解析方法では、軟X線の円偏光を人工的に作り出す可変偏光アンジュレーターという特殊な装置が新たに開発された。
同グループはSPring−8に設置された可変偏光アンジュレーターで軟X線の円偏光を作り出し、初の実験に着手した。
しかしアミノ酸の軟X線領域での円二色性は弱い信号でその検出は困難を極めた。同グループは、右円偏光・左円偏光の軟X線を交互に
発生させることで、測定精度を向上させ、軟X線領域での微弱な円二色性の信号を検出することに成功した。
これまでに円二色性は可視光や紫外光で測定されている。今回、新たに軟X線で、円二色性が検出できたことにより、
アミノ酸や生体分子のキラリティーを識別するのに可視光、紫外光、軟X線の情報を併せて活用できるようになり、
より詳細な情報が得られる可能性がある。また、軟X線は物質との相互作用が強く、左右アミノ酸の片方を優先的に分解(不斉分解)
できる可能性があるため、創薬プロセスなどの合成制御にヒントを与えることになるかもしれない。
※軟X線=X線のうち、エネルギーが低く、空気を透過できないX線。
※可変偏光アンジュレーター=周期的に磁石を並べた複数の磁石列の中の軌道をほぼ光速で運動する電子は、
磁石の周期数に応じて強い放射光を発生する。この現象をアンジュレーター放射という。
磁石列をらせん状に配置すると、得られる放射光は円偏光となる。
複数の磁石列の相対位置関係を機械的に変えると、電子の運動を右巻きらせん運動、
左巻きらせん運動、直線運動などに切り換えることができ、
右円偏光、左円偏光、直線偏光などの放射光を得ることができる。
可変偏光アンジュレーターではこうした操作を行える。