信濃毎日新聞2002122日号


右と左のサイエンス4
生命の起源に迫るヒント
地球の生きもの なぜL体アミノ酸だけ

 アミノ酸の分子には「L体(左型)」と「D体(右型)」という二つのタイプがある.分子をつくる成分は同じだが,
立体構造が鏡に映したような関係にあり,重ね合わせることはできない.人工的にアミノ酸を合成すると,通常L体と
D
体が半々の割合になる.ところが,ヒトも含めた地球の生きものにはL体アミノ酸しかない.なぜL体だけしかないのか

 生きものを構成する基本的物質であるアミノ酸の謎は,生命誕生の起源の解明にもつながることから盛んに研究が行われ,
次々と画期的な成果が報告されている.

 「宇宙では隕石やすい星の表面にアミノ酸のL体とD体が半々の割合で存在していたが,中性子星(中性子でできた超高密度の星)
が出す特殊な光『円偏光』を浴びてL体だけになり,約四十億年前の地球に降り注いだ」.米スタンフォード大のW. ボナー博士は
1980
年代,こんな「ボナー仮説」を発表した.

 実際,L体とD体の物理的な反応はほとんど同じだが,唯一,らせん状に進む円偏光に対する反応が異なる.
左円偏光を当てるとL体の方が壊れやすく,右円偏光にはD体の方が壊れやすい.

 ボナー仮説は「海水に溶けたアミノ酸などの有機物が,数億年をかけて,単純な分子から高分子,さらに複雑な生命体へと進化した」
という「化学進化仮説」につながり,生命誕生の有力なシナリオとして注目された.

 さらに,オーストラリアに69年に落下したマーチソン隕石についての最近の研究で,アミノ酸「アラニン」のL体が
D
体より18%も多く含まれることが判明.ボナー仮説にあらためて注目が集まった.しかし,宇宙環境を再現して仮説を証明するのは,
これまで難しいと考えられていた.

 大阪大大学院の井上佳久教授(光化学)らは昨年,D体とL体が半々のアミノ酸の水溶液に円偏光を当てたところ,
左円偏光だとD体,右円偏光だとL体が残ることを確認した.中性子星と同じ原理の円偏光を再現したほか,
アミノ酸が分解される仕組みまで解明.「地球上の生命体の起源は宇宙であり,ボナー仮説が正しかったことをほぼ立証した」とする.

 ただ,極低温の宇宙空間ではアミノ酸は凍って固体になっているはず.そこで,神戸大学発達科学部の中川和道教授(放射光物性学)
らは,固体の薄膜に加工したアミノ酸に円偏光を当てた.すると,L体とD体が半々だった比率が,最大で一方に1.5%偏っていた.

 中性子星は左右両方の円偏光を出しているが,「たまたま右円偏光を浴びた隕石が多く降り注いだため,偶然,地球の
アミノ酸はL体に偏ったのではないか」と中川教授.最初はわずかな偏りでも,特殊な化学反応が起きて,L体が100%にまで増えたと推測する.

 一方,必然的にL体になったと考える研究者もいる.横浜国立大大学院の小林憲正助教授(生物惑星科学),
IAS
総合研究所の斉藤威代表らは,星の寿命の最後に起きる「超新星爆発」で生じる放射線・ベータ線のスピンが
「左回り」しかないことに注目し,こんなシナリオを描いている.

 アミノ酸の基になる物質を含んだ隕石が,超新星爆発による左回りのベータ線を浴びた結果,L体に偏ったアミノ酸が生成された.
さらに,隕石中の亜鉛などの金属を含んだ「有機金属」もつくられ,この有機金属が触媒になってL体を増やし,地球に降り注いだ

 小林助教授は「地球にL体アミノ酸の生命が生まれたのは必然であり,宇宙の他の場所にも同じような生命が存在する可能性がある」としている.



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